色の名前ではありません。本音と、才能と、現実。
この三つが一本に通っている在り方のことを、僕は「青」と呼んでいます。
このページは、その全体をひとつにまとめたものです。
順調なのに、
どこかが詰まっている。
数字は出ている。けれど、次の一手が澄んでこない。
役目は果たしている。けれど、どこか満たされない。
本音を話せる場が、意外と少ない。
こういう詰まりは、能力の問題でも、努力の量の問題でもありません。本音と、才能と、現実。この三つのどこかが、ずれているだけです。ずれたまま進むと、進むほどに違和感が濃くなります。
だから僕は、足すのではなく、戻すほうから始めます。
どれも同じひとつのことを、別の角度から言っています。
すべてが真っ直ぐ通り、本音と才能と現実が一致している状態。色ではなく、人にも、場所にも、組織にも、事業にも起こりうる在り方の名前です。
命の出発点。なぜこの世界に生まれてきたのか、という問いの答えにあたる一点です。80億人いれば80億通りあり、ひとつも被りません。
その人・その場・その事業が、最もよく働く状態。人なら、その人を言い当てる一番合った言葉。本人がそれを自覚した瞬間に、力が最大になります。
青にあるとき、ストレスはほとんど存在しません。やりたいことが軽く進み、暮らしは気づけば豊かになっていきます。何ひとつ無理のない流れがあり、想像した通りに体験されていく。「奇跡が当然」になる、という言い方をすることもあります。逆に青からずれているとき、同じ量の努力でも、なぜか前に進みません。
そして青の一点は、誰の中にも常に開いています。どれだけ上に何かが積もっていても、消えることも、汚れることもありません。ただ、上に乗っているものが多いと、一度そこに触れても、日常に戻ったときにまた覆われてしまう。だから「気づく」だけでなく、「戻り続ける」ほうが本体になります。
本音・才能・現実。この三つが重なったところが、その人の役目です。
この三つが重なったところに役目があり、役目にまっすぐ在るとき、人も事業も青の状態に入ります。ひとつでもずれていると、そのずれは必ずどこかの領域に出てきます。現実は、いちばん正直な計器です。
すべての始まりがそこにある、という音。人にも、組織にも、物にも、「なぜそれが存在しているのか」という起源が宿っています。その起源を捉えたとき、いま起きていることの構造が見えてきます。
青という字は「主(エネルギー)」と「月(身体・現象)」でできています。主の光を、月がそのまま映している状態。起源のままに、この現実を生きている姿そのものです。
「アヲ」から「アオ」へ。
起源から現実へ、一直線に伸びる道を歩くこと。
それが「青にある」という在り方です。
青にまつわる言葉は、ばらばらの概念ではありません。
始まりがあって、点になり、線になり、状態になり、続き、巡る。ひとつの図形です。
なぜ、この世界に生まれてきたのか。すべてはこの問いから始まります。
その答えとして、宿命の中心にある一点。誰の中にも必ずあります。
青核から一本、まっすぐ伸びる線。ここに自分を置き直すことを「軸を通す」と呼んでいます。
その線の上に在ること。本音と才能と現実が重なり、役目にまっすぐ在る状態です。
青で在り続けながら、創り続けている状態。一度の気づきではなく、続いていることが本体です。
自分が満ち、溢れた分が周りへ巡る循環。我慢して差し出すのではなく、満ちた結果として巡ります。
青とは、
人においては「起源のままに、まっすぐ生きている状態」。
組織においては「起源に向かって、まっすぐ進み続けている状態」。
青がどう働くのかを分解すると、六つの部品になります。
世の中で語られる命は、たいてい四つです。宿命・運命・天命・使命。どれも「与えられたものをどう受け止めるか」という地図で、受け身の言葉でできています。
ここに二つ足すと、地図がエンジンに変わります。自分から未来を描く創命と、それを続ける状態である青命。四分類は地図、六分類はエンジン。
いま宿しているエネルギーの状態です。もともと持っている純粋な自分に、先祖代々のDNAや父親・母親との関係、育ってきた環境や当たり前とされてきた常識、そしていま関わっている人や環境から影響を受けて、決まっています。
怒りのエネルギーを宿していたら怒る出来事が、喜びのエネルギーを宿していたら喜びを感じる出来事が起きるようになっていて、どのエネルギーを宿しているかで、体験することが決まります。
この宿命を自分の純度100%にしていくほど、人生が豊かになっていきます。
純度100%へ、整えていける何をしに生まれてきたか、という役目。役目を果たせるように才能を持って生まれてきていて、この才能のエネルギーがゼロのところでは能力を発揮できません。
100%ではないにしても、生まれてからのすべての行動において、何かしらの天命は含んで動いています。天命に沿わなくても生きていけますが、外れていくと苦しくなり、沿うほど豊かさと循環が大きくなります。
才能とセットで持って生まれる人として生まれてきたら、すべての人が持っている、想像し創造する力。その「そうぞう」したところから生まれてくるエネルギーのことです。
思い描いたことは、すべて実現に向けて動き出します。いまこの瞬間に起きていることも「どこかで自分が描いたこと」。
創造に対して、自分の役目(青)に近いほど、解像度が高いほど、繊細に描くほど、実現に向けた力が強くなります。
すべての人が持っている力未来から自分に向かって流れてくるエネルギー。無限のラインが用意されていて、いまの宿命でどのラインに乗るかが決まります。
運命の元になるのは想像で、創造したイメージから流れが発生します。起きるタイミングは、宿命・創命・天命によって決まります。
乗るラインは宿命で決まる自分の命をどこに使うかという、設計図。こうして過ごしている間にも、使命は果たしています。
この設計図が青命の状態になるほど、実現速度が早くなり、豊かになっていきます。
使命は探すものでも、あるものでもなく、決めるものです。
探すのではなく、決めるもの青という状態にあり、天命にまっすぐ、創命し続けている状態。生まれてきたすべての人が目指すエネルギー状態です。
ありとあらゆる角度から宿命を自分の魂の純度100%に整えながら、自然とすべて「する」という状態。
ありとあらゆることが思い描いたように実現し、自然体で自然に物事が進み、豊かで歓喜あふれる状態が続きます。
すべての人が目指す状態六つを覚える必要はありません。「ある」を先に、「する」を後に。この順番だけ押さえておけば、あとは自然に並びます。
| 命 | 変えられない側面 | 変えられる側面 |
|---|---|---|
| 宿命 | 根の一点(青核) | 宿している状態・在り方 |
| 天命 | 何をしにきたか | どうやるか(手段は無限) |
| 創命 | 意識的にも無意識的にも、常に創造され続ける | すべて自分で設定できる |
| 運命 | 直接は変えられない | 宿命が変わると、乗るラインごと変わる |
| 使命 | 何をするにしても、命を使う | すべて自分で決める |
| 青命 | その人にとっての青の状態は一つで、青の状態でなければ発動しない | 青の状態であれば、すべてが自由になる |
「運命は変えられるのか」という問いが噛み合わないのは、この二面が分けられていないからです。変えようとしても変わらない。宿命が変わると、結果として変わる。両方とも本当のことです。
在り方を整え、役目にまっすぐ、
未来を描く。すると流れがそこから運ばれてきて、現実になる。
その設計全体が使命で、回し続けている状態が青命です。
青では、時間を未来から過去へ流れるものとして扱います。
言葉の使い方も、その順に合わせています。
これから。ここに点を置きます。描いた像が、流れの行き先になります。
唯一、現実を動かせる場所。ここの状態が、そのまま現象になります。
通り過ぎたものであり、結果。ここに残った認識が、放っておくと自動で再生されます。
アトに描いたものが、イマを通って現象になり、サキになる。
意識が過去に寄れば後悔になり、未来に寄れば不安になります。どちらも現実を動かしません。過去と未来に散った意識をイマに戻すこと。それだけで、判断は静かに、そして速くなります。
そして順序があります。イマを整えた状態で、アトを創る。状態がずれたまま描いた未来は、ずれたまま出てきます。「ある」を先に、「する」を後に。これが青の実践のいちばん芯の部分です。
ちなみに、すぐに叶わないことには理由があります。テレポートできてしまったら、道中がまるごと無くなる。到着するまでの過程そのものが、設計に含まれている体験です。
「◯◯すると、こうなる」。この紐づけを、青では認識と呼びます。
自分でつくった条件が、そのまま現実の設定になっています。
たとえば、言いたいことを言って怒られた記憶があると、「言いたいことを言うと、悲しいことが起きる」という設定ができます。すると本当にそういう場面ばかりが起きる。裏返せば、純粋に思い描けたことは、そのまま現実になります。設定のほうが先で、出来事は後です。
陰の6つは、軸から外れたことを知らせるアラートです。悪いものではなく、検知器。鳴ったら、どこがずれたのかを見ればいい。
陽の側も手放す対象に入ります。「幸せ」は条件のうえに成り立つ満足だからです。条件が外れると崩れるものは、まだ認識です。一時的に目指してもよいのですが、最終的には成功体験に執着してしまうような状態を生むからです。
この12を認めていった先に残るのが喜び。内側から湧いてくるので、条件を必要としません。だから12には含まれません。
また、陰の認識が繰り返されると二次感情が生まれます。怒り・憎しみ・憎悪・羞恥心・情けなさ。エネルギーは強いのですが、元は陰の組み合わせなので、元をたどれば静かになります。
整理すると——6は検知器(気づく)、12は解放の対象(認める)、二次感情5は増幅信号(元をたどる)。
なぜ、それをしているのか。答えが「やりたいから」「やりたくないから」だけで済むなら、そこに認識はありません。それ以外の言葉が出てきたら、全部が認識です。説明が長くなること自体も、認識のサインです。
そして、たいていの認識は幼いころの体験に紐づいています。出てくる相手が男性なら父との、女性なら母との未完了が9割くらい。
自分自身でも気づくと、その認識から解放されて、繰り返すパターンから抜けられます。
認識は人生の中で何度も繰り返すので、たとえば中学生のときの体験から認識を外せば、中学生以降に起きた繰り返しのところの認識も、合わせて外れます。
ただ、この認識は「お腹の中に命が宿った時点」から入ってくるうえに、代々続くパターンとして見る必要があったりします。青の状態なしに、自分自身で「一番深いところ」を見るのは不可能です。
表に出ている悩みは、四つの顔をしています。けれど根はひとつです。
領域ごとに手を打っても、また別の場所に出てくるのは、根が同じだからです。だから青では、表面ではなくズレそのものを扱います。
ズレは、放っておくと出方が強くなります。お金なら、支払いの滞りから経済的な危機へ。健康なら、違和感から病気や事故へ。関係なら、言いたいことが出てくる段階から、関係の破綻へ。事業なら、進まないプロジェクトから、離職や停滞の常態化へ。軽いうちのサインほど、扱いやすいということでもあります。
難しいことはしません。まず、四つの欲を満たします。
食べたいときに、食べたいものを。時間で決めない日を、少し混ぜてみる。
眠りたいときに、眠る。足りている状態でしか、まっすぐな判断は出てきません。
氣持ちのいい場所に行く。水辺でも、山でも、近所の神社でも構いません。
自分にしかできないことを想像し、創造していく。役に立つことをやったり、創りたいものを創ったり。自分の意志で動いていくことです。三大欲求にこれを足すのが、青の見方です。
当たり前すぎて拍子抜けするかもしれません。けれど、この四つを満たしているかどうかで、イマの状態はかなり変わります。整える前に、まず満たす。
何をするかより先に、どう在るか。軸の上に自分を戻すことが、すべての起点になります。
役目を意識した状態で置いた点は、力が跳ね上がります。意識するだけで、現象の強さが変わります。
未来に置く点は、鮮明であるほど強く働きます。ぼんやりした願いは、ぼんやりとしか現れません。
解像度は上げる、条件は外す。描くのは体験の質です。どんな景色で、誰といて、どんな気持ちでいるか。ここは細部まで。いっぽう手段や経路——誰から、何で、いつ、どこで——は決めずに開けておきます。そこを握ると、流れが通れる道が一本に減ってしまいます。
迷いが減り、決断が自然になります。考える時間ではなく、迷う時間が減ります。
空気が整い、人の本音が出やすくなります。会議の中身が変わります。
無理な努力ではなく、それぞれの役目から循環が生まれます。
売上を追うのではなく、存在理由そのものから価値が立ち上がります。
組織の場合、順番があります。トップが先です。共鳴して集まっている人たちなので、上がずれていると、下も同じところでずれます。逆に、トップが軸に戻ると、紐づいている人から順に変わっていきます。会社の状態は、経営者の内側がそのまま映っている——鏡だと思って見ると、打つ手が変わります。
考え方の話だけでは、確かめようがありません。
実際に何が起きたのかを、そのまま置いておきます。
クライアントが東久邇宮文化褒賞を受賞。
在り方が真っ直ぐ通っているとき、外からの評価は自然に訪れます。
※ どれも「変えよう」として起こしたことではなく、青に戻った結果として起きたことです。
いずれも個別の事例であり、同じことが誰にでも同じように起きる、という約束ではありません。
数字は目的ではなく、整った状態から自然に生まれた結果として扱っています。
2020年を境に、僕の見ている景色ははっきり変わりました。それまでは、反骨心・我慢・根性——耐えて積み上げる力が、事業を進める力でした。昭和と平成を生き抜いた方ほど、この力が強い。だからこそ結果を出してこられた。
この力は、悪者ではありません。生き延びるために必要だったから、身についたものです。だから「無くそう」とすると、否定された分だけ大きくなって返ってきます。やることは、認めて、労って、向きを変えること。徹底的に突き止める力も、確実性を求める力も、そのまま光の側で使えます。
そして2020年以降は、内側から湧いてくるエネルギーのほうが、事業も人生も前に進める時代に入りました。5〜6年前まではそれで良かった、けれど、ここからは違う。江戸から明治に変わったときのような切り替わりが起きていて、この流れはこの先ずっと続いていきます。
AIで、現実になるまでの速さは桁違いになりました。けれど、速くなったのは描いたものが形になるまでであって、何を描くかは変わっていません。過去のデータから先を推し量るのがAIで、まだ無いものを描くのは人にしかできない仕事です。
だから僕は、AIを使う対象ではなく自分の左脳として扱います。右手や左手に細かい指示を出さないのと同じで、本来は一言か二言で通じるはずのもの。説明が長くなるのは、こちらの中にまだ整理されていないものがあるからです。青を先に整えたほうが、結果的にAIにも乗れる。順番の話です。
実際、このサイトの制作も、資料づくりも、AIを左脳として動かしています。AIプロジェクトの取り組み →
陰陽師が陰と陽の流れを読み、そのバランスを整える存在だとしたら、青師は、白でも黒でもない青へと整えます。
人の中にある青を見つけ、場に流れる青を整え、事業が本来進むべき方向へまっすぐ通るようにする。それが僕の役目です。数字には直接手を入れません。数字は、整った状態から自然に出てくる結果のほうだからです。
ひとつだけ、自分に課していることがあります。整える側の状態が、そのまま相手に伝わるということ。毎日忙しくしているコーチに関わった人は、同じように忙しくなります。だから僕は、自分の状態を先に整えることを仕事の一部だと思っています。
同じことを、もうひとつ別の言い方で。
青。本音と才能、そして本来向かいたい未来がどこにあるのかを見つけます。
ズレてしまった人生のOSを、本来の状態へ戻します。ここが一番深いところです。
戻った状態から見えた未来に、現実が追いつく速度を上げます。
AO + OS + AI = AOSI = 青師(あおし)
ここでいうOSとは、コンピュータのそれではなく、その人を無意識に動かしている前提・判断・習慣のことをそう呼んでいます。書き換えるのではありません。戻す。新しい何かを足すのでも、より良い人間に変えるのでもなく、後から重なったものを外して、もともとの状態へ戻していきます。
一言でいえば、本来の自分に戻り、本来の未来を生きるための仕組みです。
Ryu Aomine — 青師
もともとは、物理学を専攻していました。卒業後はシステムエンジニアとWebディレクターとして、200を超えるサイトの制作に関わっています。構造で考えるほうの人間です。
2012年、英語がほとんど話せないまま、マレーシアとシンガポールで起業しました。「教育移住」という選択肢をメディアに広めたのはこの頃です。財布を青いものに変えたあと、海外起業の話がYahoo!ニュースに載り、「青好き」で検索1位を取ったらANAから直接仕事の依頼が届きました。奇跡のような事が起き続けています。軸が通っているとき、こういう順番で物事がやってくる——という体験のほうが先にありました。
帰国後、事業と人生の相談を1,000件以上受けるなかで、自分がやっていることに名前がついていないと気づきました。それで「青コンサル」と呼ぶことにしました。このページに書いてきた六つの命も、12の認識も、現場で起きていたことを後から言葉にしたものです。理論が先にあったわけではありません。
いまは、地球全体・人類意識の青化を自分の使命に置いています。大きな言い方に聞こえると思いますが、やっていることは、目の前のひとりの青を整えることの繰り返しです。
青核は、誰の中にもあります。
消えていることはなく、ただ、上に何かが乗っているだけです。
自分の青に生きようと思われたら、いつでもご連絡ください。